蔵や床の間の整理にお伺いすると、こんな言葉で迎えていただくことがあります。「昨日のうちに、全部きれいに拭いておきましたから」。ありがたいお気持ちなのですが、そのたびに、少しだけ息を呑みます。
家具や家電なら、掃除をして見た目を整えることはプラスに働きます。ところが美術品や骨董品では、その常識がそのまま通りません。良かれと思って手を入れた結果、戻せない場所に届いてしまうことがあるからです。
先に結論
売る前の掃除は、やわらかい刷毛でほこりを払う程度にとどめてください。手を入れた品より、そのままの品のほうが、査定では判断材料が残ります。汚れて見えても、まずは触らずにご相談ください。
なぜ「きれいにする」が裏目に出るのか
リサイクルショップバイキングのスタッフです。査定では、素材と時代、保存状態、そして手が入っていないかを合わせて見ています。見た目を新品に近づけることが、そのまま評価につながる仕組みにはなっていません。
むしろ、不自然に手が入っていると「後から加工された品ではないか」という見方が入ります。骨董や古美術では、オリジナルのまま残っていること自体が価値の一部です。多少のシミやくすみ、色むら、小傷があっても、そのままの品のほうが判断しやすい。汚れと経年変化を見分けるのが査定の仕事ですが、強い洗浄や補修が入ると、その手がかりごと消えてしまいます。
では、具体的にどこで手が滑りやすいのか。順に挙げていきます。
NGその1|布で強く拭く
乾拭きでも表面は削れる
ほこりを取ろうとして布でこすってしまう。そういう例があります。やさしい行為に思えますが、絵画の表面、漆器、金彩のある器、古い木箱、青銅器はどれも繊細です。乾いた布でも、摩擦が起きれば塗膜や金彩、時代汚れの層を削ります。
掛軸や屏風、額装された日本画は、表面の絵具や箔が弱っていることも多く、軽い接触が剥落のきっかけになります。古い陶磁器も、絵付け部分や釉薬の薄い箇所は摩擦に弱い。拭いた跡がそのまま減点として残ります。
化学繊維のクロスやウェットシートは特に危ない
現代の掃除用品は、美術品には向きません。マイクロファイバークロスは汚れを絡め取る力が強く、繊細な加工が施された品には負担になります。ウェットシートや除菌シートは、水分だけでなくアルコールや界面活性剤を含むものが多く、塗装、漆、金属表面、紙本、絹本に影響が出ます。
NGその2|水洗い・洗剤で洗う
陶器やガラスも「洗えば安心」ではない
湯のみや皿、花瓶などの古陶器・古ガラスは、普段使いの器に見えるので、つい台所へ運びたくなります。ただ、古い作品には目に見えないヒビや貫入が入っていることがあり、水分が内部に入ると状態が動きます。絵付けがある場合は、洗剤とスポンジの摩擦で絵柄が薄くなることもあります。
もうひとつ見落とされやすいのが箱です。箱書きのある共箱や古い紙札は、本体と同じくらい大事な情報を持っています。洗うときに箱を濡らす、札を外す、紐を取り替える。どれも全体の評価に響きます。
金属は磨きすぎると表情が消える
銅器、鉄瓶、銀製品、仏具は、黒ずみやくすみを見ると磨きたくなります。けれど、その変色や酸化の具合が時代感を示していることが多く、金属磨き剤でぴかぴかにすると、古物としての落ち着いた風合いが消えます。鉄瓶や香炉は、長年の使用と保管が生んだ表情そのものを見ています。
スタッフのひとこと
査定に伺って、いちばん胸が痛むのが「昨日、磨いておきました」の一言です。磨く前に一度だけ写真を送っていただけたら、と思う瞬間があります。汚れの落とし方は、こちらでご相談に乗れます。落としたあとの表面は、戻せません。
NGその3|接着剤で直す
自己修復は、あとの選択肢を狭める
器の口縁が欠けている、置物にヒビが見つかった。そんなとき「とりあえず接着しておこう」と考えるのは自然なことです。ただ、市販の接着剤による補修は、売却を前提とするならかなり危ない選択です。補修跡が目立つうえ、後から専門的な修復をする際に接着剤の除去が難しく、状態をさらに悪くします。
安価な接着剤は経年で黄変しやすく、割れた境目がかえって目立ちます。補修が入っていると、元がどういう状態だったのかを確かめる手がかりも減ります。欠けや割れを見つけたら、そのまま保管し、破片があれば一緒に残しておいてください。
金継ぎも、売る前なら見送る
金継ぎは人気ですが、売却前の品に自己流で施すのはおすすめしません。観賞用として見栄えが良くなっても、オリジナルの状態ではなくなります。作者物、窯物、茶道具は、補修の有無と内容が評価に直結しやすい分野です。
NGその4|額装・表具を勝手に替える
掛軸の裂地が古びている、額縁が傷んでいる。そういう理由で新しいものに交換したくなることがあります。表具替えそのものが悪いわけではありません。ただ、表具や額装も作品の一部として見られます。元の状態や時代性が失われると、作品の印象は変わります。
古い箱、たとう紙、識書、鑑定書との整合が崩れると、全体としての信頼性も下がります。見栄えを整えるより、現状のまま付属品を揃えて見せる。そのほうが伝わります。
NGその5|カビ取りやシミ抜きを自己流でやる
掛軸、古書、版画、書画、屏風といった紙もの・布ものは、湿気によるシミやカビが出やすい分野です。気になるからと漂白剤、アルコール、重曹、消臭スプレーを使うと、繊維や顔料を傷め、色抜けや破れにつながります。表面のシミだけ消えたように見えても、内部のダメージは残り、後から状態が急に変わることもあります。
紙本や絹本は、温度・湿度・圧力の影響も受けやすい素材です。異変に気づいたときこそ、掃除ではなく「これ以上触らない」が正解になります。
手を出したくなる7つ
紙もの・布ものまで来たところで、ここまでを一度並べます。どれも、やる前なら止められます。
- 布でこする(乾拭きも含む)
- 水や洗剤で洗う
- 金属磨き剤で磨く
- 接着剤でくっつける・自己流の金継ぎ
- 表具や額縁を新しくする
- 漂白剤やアルコールでシミ・カビを抜く
- 共箱や紙札を捨てる・紐を替える
7つを通していない状態で拝見した品物
当店のブログには、お預かりした品物の記録が残っています。
九谷焼の香炉を拝見したことがあります。深い青の釉薬が使われた一点で、この釉薬は光の当たり方や見る角度によって色合いが変わります。もし洗剤で洗われていたら、その発色の見え方から確かめる作業はできませんでした。三つ足の形も、獅子をかたどった装飾も、買取事例のページに写真で残しています。
ほかの品もそうです。信楽焼 四代高橋楽斎の珈琲茶碗は共箱つきで届きました。人間国宝 高橋敬典の鉄瓶は、作り手と銅蓋の有無まで記録に残しました。絵画を集めておられたお宅でも、手を入れる前の状態でまとめて拝見しています。素材や釉薬の出方、共箱の有無を、そのまま確かめられる状態で拝見しています。
骨董品・古美術品の査定について
掛け軸・陶磁器・茶道具などの査定で見るポイントは、骨董品買取の専門サイトで詳しくご案内しています。ご相談・出張査定は無料です。
売る前にやるべきことは「手入れ」より「保全」
では、何もしないほうがいいのかというと、そうではありません。やっていただくと助かることが3つあります。
箱が汚れていても、捨てないでください。来歴や真贋の手がかりが、本体ではなく箱に書かれていることがあります。新聞紙で包む、ビニール袋で密封するといった保管は、素材によっては状態を悪くします。迷ったら、いま置いてある場所のままが安全です。
よくいただく質問
ほこりだらけで、そのまま見せるのが恥ずかしいのですが
そのままで大丈夫です。ほこりは査定の妨げになりません。むしろ、長く触られていない状態のほうが確認しやすいことが多くあります。
もう拭いてしまいました。手遅れでしょうか
拭いた事実だけで判断はしません。どこを、何で、どのくらい拭いたかを教えていただければ、実物を拝見しながら確認します。隠さずお話しいただくほうが、正確に見られます。
箱が壊れていても持っていったほうがいいですか
持ってきてください。蓋だけ、紙札だけでも構いません。「こんなボロボロの箱まで持っていくのは恥ずかしい」と思われるかもしれません。ただ、先ほどの信楽焼の茶碗のように、共箱が揃っているかどうかで見えるものが変わります。箱書きや札は、本体とセットで意味を持ちます。
虫がついている木の箱も、そのままで大丈夫ですか
虫食いのある箱は、他の品物と離してお持ちください。殺虫剤を直接吹きかけると、木や紙が変色することがあります。状態をお伝えいただければ、扱い方を含めてご相談に乗ります。
迷ったら、そのまま見せる
拭いてしまったあとで悔やまれる方がいらっしゃいます。刷毛でほこりを払うところで止めていただけたら、それで十分です。
少し汚れている、傷んで見える、このままでは恥ずかしい。そう感じても、現状のままお持ちください。どこが価値でどこが減点かは、こちらで見分けます。
洗おうか磨こうかと迷った時点で、いったん手を止めてください。その状態の写真を1枚送っていただければ、触っていいかどうかからお答えします。
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コメント
コメント一覧 (2件)
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[…] スタッフのひとこと私たちの側から言えば、きれいにしてから持ってきていただくより、割れたままのほうが助かります。割れ口の形や欠けたところに、確かめたいことが残っているからです。洗う、磨く、直す、の前に一声かけてください。手を加えて困る例は、美術品を売る前の“やりすぎNG”集にまとめています。 […]